薪窯はモンゴルから始まった

25歳の時。モンゴルに住み込んだ。

「草原ゼミ」という、
日本人の若者と、モンゴルの都会育ちの学生をペアにして、
遊牧民のところへホームステイして、
一月かけていろいろ学ぶ、。
という企画をするためだった。

若者は一月あれば本当に変わる。
若者が変わると社会を変える力になる。

その変化に伴走するのが、
本当に楽しかった。

それをもっと沢山の人に広げたい。
という思いで企画してたのが、
「遊牧の学校」だった。

その企画を面白いと思ってくれた新聞記者さんに、
取材してもらったときに出た話題が、

「実家がパン屋なんですよ」
「だったら、薪窯作れば!?」

という会話だった。

ちょうどその取材の直後。
思いつきで仲間と沖縄の国際通りで写真展を開いた。

「アジアの人々」

若者の思いつきに沖縄の大人達は応援してくれて、
ラジオ、新聞、雑誌の取材してくれて、
最終日は打ち上げとカラオケまで連れて行ってくれた。

仲間の写真にお客が感動しているのを見て、
やっぱり、もの作りをしたいな!
と思いはじめていた。

そして、その写真展から帰って、
僕はパン屋を継ぎ、
仲間の1人はプロ写真家になり、
もう1人は冒険家になった。

ほんの一ミリの挑戦が、
それぞれの人生を変えたわけだ。

モンゴルで過ごした最初も、
モンゴル語は片言も話せなかった。

薪窯を作った最初も、
パンも作れないし、
窯のことも何もわからなかった。

いつも自分が変わる時は、
変わってる気はしない。

1ミリずつ変わっている感覚だ。

でも、遠くまで来た時、
その1ミリがとっても大きな存在になっている。

それから、がむしゃらにパン屋を続けたけど、
研修生達とワイワイして、皆の旅立ちを見送り、
パン学校になってもっとワラワラ人が集い学び、
ドリアン自体もスタッフの学びの場になり、

また他の学校つくろうとしてる。。

これは自分の萌ポイントだから、
しょうがない。(^-^)汗