旅するパン屋⑧/おいしさの要素

(『中国新聞』2007年6月28日掲載)

美味しいもの、
て何処にあるのだろう。

大学の時、自転車に鍋やテントをつんで走る、
という部活をやっていた。

仲間達と、
沖縄、九州、四国一周、東北縦断、北海道横断、
その他の半島もろもろを巡り、
自転車を漕ぎに漕いで、とにかく走り回った。

期間は、だいたい2週間。
1日100キロほど走る。

とにかく、
走っている最中の皆の顔は輝いていた。
写真映りがいいのだ。

男も女も、髪はボサボサ、
ノーメイクだしヒゲは生えてるし、
顔は汗と油でテカテカだけど、いい笑顔をしてた。

日頃、バイトで疲れ、テストが〜、追試が〜、
と言っている時の淀んだ目とは別人のように、
ウルウル、輝く瞳なのだ。

思うに、
これは、人類に刻み込まれた、
「疲れて、食って、眠れば幸せDNA」
の太古からの記憶が、喜んでいるのだ。

汗まみれ、雨でずぶ濡れて、
ボロボロのかわいそうな姿になって、目的地まで走る。
山を越えて風に向かって走るのだ。

日が暮れると、
クタクタになってテントを張り、
火を焚き、飯ごうでご飯を炊き、
大鍋を火にかけてグツグツと何やら怪しげな汁を作り始める。

1年生から4年生までが、家族のように(部族みたい?)、
皆で一つの鍋を分け合って、

「今日はあーだった、こーだった」
「あれはずるい」
「明日はこーしよう」
「いや、あーしよう」
「おまえはくさい」
「うるさい」

などと言いながら、食べるのだ。

けっして豪華ではなく、
けっして洗練された料理ではなかったけれど、
本当に美味しかった〜。
そして幸せな時間だった。

そこには、おいしいものの要素が詰まっていた。

一、体を使って疲れてクタクタ、お腹もすいてすいてしょうがない。
二、そこはいつも、山の中、川の側、海の側、時に気付くと海の中だったりするほど自然の中。
三、そして苦労を共にする仲間。
男女ごちゃ混ぜで寝ても、何の心配もおこらない程の信頼感。

これが揃えば、何食ってもうまい!

寝る場所も確保したことだし、お腹も満たされた。明日の行程の作戦をねった後は、夜も長い、急ぐ必要はないのだ。
ゆっくりと無駄話をすればいい。

本当の贅沢、
本当のおいしいものって、
そういうところにあるんだな〜。

と思うから、
僕は皆で食べれる、大きなパンばっかり焼いているのです。