
測られることからの卒業
さあ、新年を迎えました。今年はどんな年にしたいですか?
私たちは、ずっと「測られる」ことが続いてきた人生ではないでしょうか?
学校の成績も、ABCだったり、偏差値だったり、常に誰かとの比較でした。
部活をしても誰かと比べて強い弱いとか。
進学すれば、そのレベルはどうだとか。
もちろん、大人になって就職しても、その会社はどうなのか?有名なのかどうなのか。
その中で自分の出世はどうなのか。
自営業であっても、常に、何処かに負けないように。
おもえば、常に、数字で計られ、比べられてきましたよね。
そんな、「測られることからの卒業」の年にしてはどうですか?
というのが、新年の私からの提案です。
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まず問題なのは、計られるのは、常に外側から計られますよね。
そう計っているのは、自分ではないのです。
例えば、体重計に乗ります。
あなたの体重は何キロです。と出ます。
その体重計ごときに、我々は心を操られます。
「ああ、太っちゃったな、ダメだなー」と気分がどんよりします。
せっかく、ウキウキだった今日なのに、体重計の目盛り次第で、気分を下げられるなんて、今までは普通だと思っていたけど、よく考えたらおかしくありませんか?
最近では、その身長でその体重だったら、ダメですよとか出てきます。
放っておいてくれ!という感じです。
体重計の数字に感情を左右される。これって体重計に洗脳されていると言えませんか?
僕の場合は、人生のほとんどの期間、63キロだったら喜べ、60キロだったら痩せ気味だ、68キロだったら太り気味だぞ、と洗脳されていました。
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一昨年、体重計に乗るのを止めました。
「俺の理想の体型は俺が決める!体重計には口出しさせない!!」
という決意表明です。
それ以来、体重が何キロか知りませんが、人生で一番動ける体だし、姿勢もよくなりました。
なぜかというと、自分を観察するようになるということであります。
他から計られることを止めると、自分で自分を観察するベクトルに変わるからです。
体重計の数字を見るのを止めると、自分の体を見るしかないからです。
だから現実逃避で体重計に乗らないのとは、違いますよ。
鏡の向こうの自分を直視して、自分で決めるんだ!と決めるということで、正反対です。
何キロだから、オッケーとかではなく、自分で決めた理想と比べてどうかを、自分の中で自分基準で決める。ということです。
1年前の自分と比べてどうか?1ヶ月前の自分と比べてどうか?理想の自分に近づいているか?
どこにも、他人との比較や、世間からの比較はありません。
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仕事も同じですよね。どれだけ仕事で成功してお金持ちになっても、上にはキリがありません。
額で比べるのでは、いつまでたってもゴールテープはなく、幸せになれないということです。
昨年の米作り、僕は反収1俵でした。普通の10分の1くらいです。
体重計のように数字で計ったら、涙がでる数字です。「落第です」と出るでしょう。
でも、自分の理想には近づいています。1年前の自分と比べてもすごい進歩です。だから楽しいのです。
パン屋だって、数字で計れば、うちより沢山売ってる店は山ほどあります。
でも、捨てないことや、働き方、人を育てる部分では、ますます自分の理想に近づいている。それが日々の幸せなのです。
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計られることからの卒業。
それは、他と比べることからの卒業。
社会に勝手にゴールを押しつけられることからの卒業です。
みんな日々一生懸命生きています。1年前の自分と今の自分を比べれば、みんな前進してるんです。
それをしみじみ感じれば、今すぐに幸せになれます。
「おれのゴールは俺がきめる!誰にも計らせない!」
これが、脱洗脳の第一歩なのです。
(中国新聞セレクトの連載「捨てないパン屋の働き方」1月18日に掲載)















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