旅するパン屋③/紛争地帯で機関銃

(『中国新聞』2007年7月12日掲載)
暑くなってきたので、
辛い辛いカレーの話です。

1993年、17才の夏。
僕は暑さでクラクラしていた。

ドーン、ドーン、
タタタタッ、タタッ、
近くの山から、重低音が響く。

暑さでボーとして、夢を見ているのかな。

「あれは何の音ですか?」
と、聞いてみる。

「ハハハ、ノープロブレム、ノープロブレム。それより、このカーペット買わないか?安いぞ。」
彫りの深いインド人の顔が、
いつものウソをいう時のその笑顔で笑っていた。

どう聞いても砲弾と、機関銃の音じゃないか。

そう、
僕はどういうわけか、
インド最北部にして渡航自粛地域、
印パ間の紛争絶えぬカシミール地域に迷い込んでいた。

そしてカレーの辛さにもクラクラしていた。

というのも、そこで僕は、
はじめて異国の食事を体験したのだ。
羊肉のカレーと、インドのパンであるナン。

肉は固くて噛み切れない。
けれど、メェ〜と鳴く羊の姿が頭に浮かぶほど、羊の旨味が詰まっていた。

カレーはスパイスが20メートル先まで香ってきそうなほどフレッシュでパワフル。
そしてその調合が魔法のようで 、甘辛酸苦旨がめくるめく混ざり合っている。

そして、
はじめて食べる異国のパン=ナン。
それまで、粉など味のないものだと思っていたのに、
薄く延ばした生地を薪窯に張り付けて焼くナンは、
香ばしく甘い小麦の味がした。

日本で、
これほどまでに力のある食材、料理を食べたことがあっただろうか。

バスに乗ると、前を行く軍用ジープの荷台から、
兵士が機関銃で常にこちらに狙いをつけている。
彼が引金を引いたら、僕はヤラレてしまうなあ。

戦車がその辺りに置いてあるし、
ドーンドーン聞こえる砲弾の音も止まないし。

「ノープロブレム、ノープロブレム」
インド人の褐色でツヤのある顔が笑う。

この人達は、
僕たちより何倍も、パワフルに生きている。

その力の源は、
やはり力強い本物の味のカレーとナンなのだ。
フニャフニャなものを食べていたら、やってられないのだ。

僕から見ると非現実的なこの国やこの食べ物こそが、
実はとても生々しい世界なのかもしれない。

はじめて食べた異国の味は、
そんなことを教えてくれたのでした。