モンゴル旅出発 広島で土砂災害がおこってるのにモンゴルへ行く

予定していたこととはいえ、
後ろ髪を引かれる思いで広島をでた。
空港へは友達が車で送ってくれた。
車中、彼が被災地へボランティアに行った時の模様や感じたことを教えてくれた。

想像を超える被害。
まだまだ足りない人手。

僕は20年前、大学を卒業するときに、
「環境問題を解決する」
という志を立てた。
それに人生を捧げると決めた。

20代はその活動に捧げた。
自然ガイドの勉強をして、環境NPOに入り、モンゴルに渡ったのもその志のためだった。

環境問題といっても色々あるけれど、
一番大きい根本の問題は、
気候変動、温暖化。

モンゴルは遊牧の国、二酸化炭素をほとんど排出していない国。
その文化を学びたかった。

モンゴルに住み始めて2年目に、「遊牧の学校」を作ろうと企んだ。
日本はもちろん、広くアジア、西欧からも生徒を募り、遊牧民を先生として、本気で学び、今の産業至上主義の次の形を担う若者を育てようという壮大な企画だった。

気候変動や温暖化を防ぐ動きを作れるのではないか、と感じだから。

その企てが地元の中国新聞に載った年、僕は家庭事情もあってパン屋になった。

パン屋になることは運命で避けられないことだったので、せめて、それをやりながらも、志から離れないようにしよう、と考えた。

薪で焼く、国産の材料を使う、などはその志の名残。

それからパン屋を15年続け、日々の仕事に追われると、さすがに忘れかけていた。

だから今年の夏はその志を思い出すべくモンゴルに帰ることを決めたのでした。

その出発の1週間前に、すぐ近所で今までにない豪雨による土砂災害が起きた。

今日も広島は35度。
大きな熱が強い雨雲を産む。

僕は若い時の志をまったく遂げられてない。
結局、何の役にも立たなかった。
自己満足系、公開マスターペーション野郎だ。

それどころか、その惨事を前にして、休みに入る前のゴタゴタと、旅の準備に追われ、何の役にも立てないまま、モンゴルに出発する。

せっかく5年かけて、働き方を変えて、時間を作ったはずだったのに、一番ゆとりが必要な時に、まったく時間が取れないなんて、、。

悩ましい。。変えないと。

行方不明者を捜索する方たち。
土砂をかき出し汗を流すボランティアの方たち。尊敬する。申し訳ない。
自分もせめて少しでもボランティアに駆けつけたかった。。(正直にいうと自分の為の方が大きい)

いっぽう、温暖化に伴う豪雨の増加は、何十年も前から明確に予測されていたことで、教科書に書いてあったことがそのまま起こっている。

僕が活動していた頃は、
「頭でっかちだなー」
と親にも言われ、
職場の近所の人たちからも、不思議な人たちと噂されていた。

諸説あるので断定はできないのだけど(これが問題をさらにややこしくしている)、仮に二酸化炭素が温暖化の犯人だとする。
それは何十年もかけてゆっくり力を発揮していく。今すぐに排出ゼロにしても、何十年も気温は上昇し続ける。

ということは、
毎年、過去最高を更新していく。

僕は、志を諦めかけていたのかもしれない。
車、工業、二酸化炭素排出してなんぼの国。
ここで、温暖化を考えましょう、ときれいごとは通じない。

モンゴルで草が生えなくなり、
北極の氷は溶け、
南の島国が沈みかけていても、
無関心だった。

そして、いつしか自分自身も、
その中に染まっていたのかもしれない。
きれいごとでは経済は回らない、と。

でも、やっぱり。
家が流され、
人が死ぬのだ。
自然が暴れ始めると、簡単にコロコロと、誰かにとってかけがえのない人たちが死んでいくのだ。

温暖化、大雨、流れる家、人の死、
お金、経済、輸出産業。
「きれいごと」
がどっちだかわからなくなる。

モンゴルに行く。
志を思い出して、またあそこへ帰る。
何かを掴まえないと!

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