塚原君の研修が終わった

塚原くんと最後に熱燗飲んで、八丁堀のバス停で、
「じゃあ、がんばってね!」と分かれたあと、
家まで歩いて帰った。

夕焼けの街を歩いていると、ふつふつと怒りがこみあげた。

というのはウソで。
じわじわと幸せだった。
自分のことを学ぼうとしてくれる人がいる。
ということは、
どれだけ幸せなことか。

「塚原君、どっちがいいと思う?」

というのが、この5ヶ月の僕の口癖だったように思う。
迷った時は塚原君の意見を聞いた。
同じ方向を向いてくれているからか、安心して意見を聞けた。
それによって、
この5ヶ月間は、 パンの製法も、出来も、工程も、大きく変わった。

もっと不真面目に手を抜いて、
でもめちゃくちゃ美味しいパンが、
困ったことに安定して焼けるようになった。

そんでもって、 週6日労働から、週4日労働に減らすことができたのだから、
「大改造!!!劇的ビフォーアフター」
ぐらいの大きな変化だ。

「友達に刺されて大変だったんです」

、、、
という夢をみました。

と吉本新喜劇の”しげじい”の定番ギャグみたいなことを、
研修の最初の頃、
塚原君はいっていた。

寝てもすぐに目覚めてしまって、長く寝られない。
かつてパン屋で猛烈に働いていたときのプレッシャー、重圧で、
神経が疲れていたのかな。
それとも、しげじいの大ファンだったのか。。

それを癒やす5ヶ月にするのが、
もしかしたら、この研修のいちばん大きな目的、
および、お酒を飲む口実 だったのかもしれません。

不健康な体と精神では、自分も、家族も、お客さんも、
周りの人みんなを幸せにできない。
それどころか迷惑をかけるからだー!
悔しくないのか〜〜〜!!

研修も終わり頃、
だいぶんよく眠れるようになった、と聞いたときは、
そりゃ、酒代かかったからな、と歯ぎしりしました。

さて、
教えられることは、 全て教えたはず。
ネタはもう何も残っていません。
後は塚原君ががんばるだけ。
うちを脅かす存在になったとしても、嬉しいだけです。

と言いながら、若い芽は摘み、出る杭は打つ、が私のモットー。

それを肴にまた酒を飲む日が早く来るよう、まっておりますよ。

思い出に残っているのはほとんどが、
仕事中にした下ネタの話ばかりですが、、
時々、 いい話もしました。したはずです。

人間、なかなか学ばないもので、
5ヶ月の限られた期間と解っていながらも、
やり残した、伝えられなかった、もっと話したかったことはあります。
人間だもの。。

もっと一緒に飲んどけば良かった。 と、どれだけ飲んでも思うもの。

塚原君は、 コロナの影響がなければ、
この後、 スペイン巡礼路の巡礼に出て、
北海道の農家やパン屋なんかを巡って、
熊本で秋のオープンを目指して、準備します。
http://tsukanoma.jp/blog/

スペイン巡礼のように、
どの仕事も、重い荷物背負って、長い上り坂登る旅のようですが、
なかでも自営業はなかなか歯ごたえある、
ダイオウイカのスルメぐらい歯ごたえある、ドMには楽しい旅です。

僕が巡礼で教えてもらった、 巡礼の唯一のルールは、
進み続けること、でした。
立ち止まってはいけない。
どんなに気に入った町でも、進まないといけない。

パン屋も、人生も、 進み続けるのがルールだとすると、
研修の楽しい思い出を胸に、別れるのも、また人生。

また、笑って一緒に飲める日を!! アディオス!!

ツカノマパンのブログも読んでね(^.^)
http://tsukanoma.jp/blog/