残ったパンとモンゴルとケンカ


パン屋を始めたばかりの頃、
モンゴル人の友人とケンカした。
「何でパンを捨てるの?」
「その日のしか売れないんだ」
「安くして売ればいいんじゃない?」
「悪循環になる」
「どこかへあげれば?」
「それも難しい。食中毒とか、いろいろあるし。。」
延々とつづく禅問答に、
「そんなのわかってる。日本じゃ、しょうがないんだよ!!」
と怒鳴ってしまった私。
毎日、食べ物を捨てる罪悪感。
私たちの社会はそれに慣れてしまっているけど、
友人はその痛いところを、
グリグリと容赦なく指摘してくれた。
そして、
「それは、絶対におかしい」
と、最後まで曲げなかった。
そういえば、、
モンゴルにいた頃、
草原でも時々パンを食べた。
いつの日か遠い町で買ってこられたであろうそのパンは、
もうカチカチだったけど、
大事に切って、
バターをつけて食べたら、
味も香りも濃くて、モグモグの美味しさだった。
ああ、パンとは、こういう食べ物だったんだ、
と初めてパンに出会った気がした。
それに比べたら、
実家を含め、日本のパンは、
焼きたてだけが売りの、フワフワなスポンジみたいだと思った。
ケンカから6年経って、
やっと、菓子パンをやめ、食パンもやめ、
固いパンだけを焼くようになった。
早朝から焼いて、
まず卸し先に配達する。
徐々に店頭に並べ、地方への発送をする。
夕方焼けたパンは、
翌日の昼まで売って、
それでも残ればラスクにする。
全くパンを捨てていない。
あの日のケンカのおかげで、
心が救われた気がする。。
よく、お客様から、
変わったパン屋だと言われる。
けれど、
自分では当たり前のパン屋だと思っている。
モンゴルの草原と友人から学ばせてもらった以上、
もはや平気でパンを捨てられない。
そういうパンは焼けない。
それがきっと良いパンにも、良い食文化にも繋がっていく、
と今では確信しています。
だから私は揺らぎません。
モンゴルにはとてもとても感謝しているのです!
「石窯で焼く天然酵母パン/Boulangerie deRien」

10件のコメント

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だから、私は揺らぎません☆☆☆

私も自分の歩む路に、いや、自分にそう言い切る原点に回帰せねば....そう思わせてくださったことに 謝 謝 (^人^)

あーまた、ドリアンさんのガッシリパンが食べたくなりました☆

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植物も動物も人の情熱もすべて命がかかわっているということ、気づいた人が語り広めるべきだ。
あなたのこの数年の歩みしか見てないけど、オレはあなたは正しいと思う。

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篠さん>>
本当は揺らいでグラグラなので、
ブログ書いております。。。
原点は時々見直さないと、忘れてしまいますねー。

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hiroyukiさん>>
ありがとうございます。嬉しいです!
ただ、
ここのところ、飲みに出る時間が減ってしまったことは、
正しくないと思うので、
早急に対策します!!

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捨てる・・・ってオカシイ。本当にそう思います。いろんな技術を駆使して防腐剤とか保存料とか作って使っちゃってあげく捨てるみたいな ↓↓

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asukaさん>>
そうなんですよね。。。
オカシイ、のですが、
そうしないと商売にならないこの国は、
ちょっとどうにかしないと行けない時期にきてると思うのですが、、、。
「フレッシュ」「生」
に弱いんですよね〜。どうしましょう。

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息子の担任の先生が給食を残すことに全く抵抗を感じない人で、
「今はそんな時代じゃない」って言うんですけど、
食べ物を粗末にする飽食の時代を教育者が肯定する世の中って。。。
絶対におかしいですよね。
我が家では毎食米粒ひとつ残さずいただきますし、
もちろんドリアンさんのパンも、パン屑までかき集めて美味しくいただいています^^
自然に感謝、作り手に感謝する姿勢、息子にも忘れてほしくないです。

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ドリアンの「捨てない精神」大好きです。
応援しています!
でも、パンが余らないと大好きなラスクが食べられない・・

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Rumiさん>>
そういう先生もいらっしゃるんですね。。そうですかー。
にんともかんともですね。
こういう事を考えていて、
ちょっとモンゴルに居た頃に、感じたことがあるんです。またブログで書きますね。

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ne-ne- さん>>
応援ありがとうございます(涙)
ラスク様々です。
ラスクがなければ、捨てないパン屋は実現難しいです!

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