もうもうと黒い煙をたてながら、
石窯の中で薪が燃えている。
フランス西部、
人口140人の小さな村、サンピエール・シュル・エルブ。
村の中心に、
千年前からあるという優しい印象の教会がある。
横に小屋が建っていて、
築200年以上の共同石窯がある。
昔もこの窯で火を焚き、パンを焼いていたそうだ。
パン職人のローランさんがこの古い窯を修復。
年に1度、昔のように村人が集まり、
パンや持ち寄った料理を焼き、ワイワイ食べて飲む行事が開かれている。
僕は5年前、この村のパン屋さんで1カ月お世話になった。
パン作りはもちろん感動的だったけど、
それ以上にここに流れる時間に圧倒されジェラシーさえ覚えた。
何が違うのか。
それを知りたくて、このたびは長期滞在を決めた。
いろいろ調べたいので言葉も必要だと、
近くのナント大学でフランス語を学びながら、
休みのたびにサンピエール村に通っている。
行事が始まるのは夜7時頃。
村人が集まりだす。
朝から温め続けられていた窯は、
しっかりと熱をれんがに溜め込み、熱々だ。
まず最初に、
フランス語でフエという薄いピタパンをささっと窯入れして、
強火で5分ほどで焼き上げる。
それにチーズを挟んで食べる。
食前酒を飲みながら立ち話が始まる。
次に、
村人達が持ち寄ったピザや、キッシュなどの料理が、
窯いっぱいに入れられる。
窯入れを手伝う人。
焼く料理を運んでくる人。
飲みながら眺め歓談する人。
窯を中心に、空気がどっとにぎやかに生き生きとしてくる。
料理が焼けるころ、皆はやっと長テーブルに着き始め、
ここからが本番だと、歓談の声もボリュームを増す。
食べては話し、飲んでは話す。
窯の温度が下がってくると、
タルトやケーキ等を窯に入れる。
窯入れしていたローランさんもやっと一息。
村人達から笑顔と拍手で迎えられ、照れ笑い。
最後のデザートが出ると、窯は空っぽ。
それでも、ほのかな暖かみを求めて人々は窯を囲み、
石窯小屋にぎゅうぎゅうに入って、
おしゃべりは深夜0時過ぎまで続く。
石窯小屋にともる明かりと、高く登った月明かり。
きっと昔と変わらぬ光景。
眺めていると、
共同石窯の200年という時の流れと、
村人達のゆっくり食事と会話を楽しむ習慣がダブって見える。
彼らは、
時が積み重なってゆくことを、
仲間や家族と大切に共有する。
そしてそれをじっくり愛でるように楽しむ。
それは例えば、
日本人が盆栽の枝の形や葉の向きまでもを繊細に愛でるのと同じくらい真剣に。
ここでは、
愛でる対象が“物”ではなく“時”なのだ。
共有された時間は、
ほんのり温かい不思議な余裕を与えてくれる。
僕はパン屋だけど、
フランスに来てパンのレシピはこれといって学んでいない。
僕が学びたいのはこんな豊かさのレシピだからです。
(2013年1月10日 中国新聞掲載)
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ps
これは、休業してフランスに住もうと決めた、一番の理由が書いてあります。
ここに書いてある通り、最初からパンのレシピを学ぶよりも、もっと学びたいものがありました。
この記事を掲載していただいて、この後に続く「パンの穴から世界を見た」の連載が決まりました。
なので、前書きのようなものかもしれません。
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