パンの穴から世界を見た⑥/シードルの複雑さ

(『中国新聞』2013年6月13日掲載)

フランスのリンゴの酒シードルが好きだ。

シードル用のリンゴは、
甘過ぎてはダメで酸味、渋味も必要。
ジャニーズ系ではなく、リンゴ界の石原軍団のような感じ。

そんなリンゴが自然に落ちるのを待って集め、
汚れなど小さなことは気にせず、
とにかく一気にたるに放り込んで自然に発酵させる。

傷んでいるリンゴも一緒に入れる方が味に深みが出るそう。

そうやって作られたシードルは、
昔、風邪をひいた時に母が作ってくれた、
リンゴジュースの、
もしかしたら手の垢や、
布巾が今まで包んだいろいろ、
等が作用しそうなところを、
圧倒的な愛情で押さえ込んだような複雑な美味しさを連想するのです。

シードルについて教えてくれたのは、
ブランド鶏「プレ・ド・ルエ」の生産者、ロシャール夫婦。

なぜ鶏を飼っているのにリンゴなのか。

このブランドには

「鶏さまが日陰でくつろげるよう、リンゴの木を植えるべし」

という生産者には厳しい、
鶏には何とも優雅でぜいたくなルールがある。

だから広大なリンゴ畑があり、
ロシャール夫妻はジュースとシードルも作っている。

そのシードルがピンチらしい。

昨年はリンゴの収穫量が激減し、
種類によってはほとんどゼロに。
夏の長雨による日照不足の影響だ。

さらに秋冬が暖か過ぎて、シードルの発酵もうまくいかない。

ロシャール夫妻は言う。

「暑い年も寒い年もある。
だけど農家は何世代もの経験とノウハウの蓄積で、それを乗り越えてきた。
ただここ数年の変化はその範囲を超えてしまっている。
毎年新しいことが起こる」
と。

たかが温度、たかが雨ではない。

農業も食文化も、
シードル作りのように、
周りの微妙なバランスの上にそっと成り立っている。

気候変動の最前線できょうも戦っている農家の人たちがいる。

気楽にパンを焼いているだけではいけない時代です。